“勝利至上主義”と“個の強化”は、しばしば対極的に語られる。片方は「勝つことばかりを標榜し、選手を育てるための練習をしていない」と批判し、もう一方は「スポーツは勝つことでしか得られないことがある。批判するのは所詮きれいごとだ」と反論する。スポーツ指導者にとって永遠のテーマでもあるこの手の話題。明確な答えはこの先も望めないかもしれないが、ひとつの形を確立したあるチームをここで紹介したい。
香川真司の個を伸ばした、FCみやぎバルセロナ
類稀なサッカーセンスで、いまや世界を魅了する選手となった香川真司。その卓越した技術からは、これまで持たれていた日本人のイメージとは少し違う、なにか独特な空気すら感じる。決定力不足に泣かされていた日本代表を、香川なら救ってくれるんじゃないか。ファンたちは彼の強烈な“個”の力に、大きな期待をかけているのだ。そんな香川が、主に中学時代を過ごしたチームが仙台にある。神戸出身でありながら、わざわざ仙台にあるチームを選んだのには訳があった。
「もともとこちらに繋がりもあったのですが、真司の場合は明確な“プロになる”という目標があったんです。当時からウチは個を育てるというスタイルでしたから、そこが彼の意志と合致したのでしょう。」
現・FCみやぎバルセロナ監督、石垣博の談である。
FCみやぎは1998年にジュニアユースチームとして発足した、いわゆる街クラブにあたる。香川のほかにもJリーガーや各年代の代表選手を多数輩出するなど、東北地方を代表するクラブとなっている。香川の活躍で一躍脚光を浴びることになったが、クラブ創設以来、一貫して“個の強化”を掲げていることでも有名だ。
「中学生というのは、最もいろんな要素が伸びてくる時期にあたります。そんなときにあまり偏った練習をしてしまうのはリスクになると思うんです。だから練習でも、なるべく個人の力を伸ばしてやろうと。判断、ボールタッチ、ドリブルなどは、なかなか後から鍛えるのは難しいですから。」
チーム方針について、石垣監督はそう説明してくれた。
では逆に勝つことが目的となった場合、なぜいけないのか、なぜ個が育たないのか。
「目標が勝つこと、ならいいとは思います。勝負ですから勝利を目指してやるのは当たり前です。ただ、それが目的となると戦術などに偏った練習になりますよね。するとその弊害として“判断ができなくなる”ということが起きてしまうんです。」
FCみやぎ3代目の監督となる石垣博監督
安易な“勝ち”がもたらすものとは…
サッカーに限らず、スポーツの場面では幾度となく“判断”を求められる。ファーストタッチでどんなトラップをするか、次はドリブルをするのかパスを出すのか。その瞬時の判断が、試合の結果を左右するといっても過言ではない。これが、勝つことを目標にすると選手が自ら考えること、判断することを止めてしまうのだという。
「サッカーだと象徴的な戦術に“キック&ラッシュ”というものがあります。とにかく前線に大きく蹴って、そのボールに向かって走り込むというものです。蹴る方も走る方も明確な意図を持たず、半ばやみくもにやっているだけなので、決して整理された戦術とはいえません。ところが、技術が未熟な小学生や中学生の場合、DFも毎回は対応しきれず結構この作戦で得点ができてしまうんです。」
キック&ラッシュでもきちんと狙ってパスを出し、もらう方もスペースを狙って走るのならそれは立派な判断が伴う。しかし単に蹴って、走ってでは、そこに判断は必要がなくなってしまうのだ。それでも比較的安易に勝ててしまうため、まだまだこのサッカーをやっているチームは少なくない。ただ、高校に進学するとそれが思ったようにいかなくなる。「あれだけ強いチームからきたのに、意外と上では通用しない」ということが起きてしまうのは、きちんとした判断ができる“個”の育成ができていないからだとの指摘もある。高校でもやりたい、プロになりたいと選手たちは希望を持って入ってくる。その芽を摘むのようなことは、指導者としてやってはいけないことだ。だからこそ、FCみやぎはこの年代での育成にこだわりを持っている。
練習はフットサルコートにて。週に4日、1日2時間という短時間で行われる
個を育てるとは、個を認めること
個を育てるうえで重要なのは、決して技術的なことだけではない。むしろもっと大切なのは人間としての個を確立することだと石垣監督は言う。
「個を育てるというなら、子供でも個として認めてあげなきゃいけません。まず基本となる挨拶でも、みんなで集合してきて“おはようございます、お願いします”みたいなことはやりません。グラウンドに来たらひとりずつ、コーチのもとにきてお互い目を見て挨拶。大人ならこれが当たり前でしょう。そのうえ握手をして、一言交わすと、その子の今日のテンションみたいなものも分かるので、これはおススメですね。」
練習も指導者の合図で始めるものではない。グラウンドに着いた選手から促されるわけでもなく、ウォーミングアップとなるドリルを始める。決められた時間までには各自がアップを済ませ、全体練習に入っていくという流れになっている。そしてもうひとつ、重要視しているのが“コミュニケーション”を“きちんと”取ることだ。このきちんとというのが実は難しい。石垣監督は中学生の年代にいかにもありそうな例を挙げて話してくれた。
「みんな、都合がいいんですよ。コーチや厳しい大人の前ではいい子なんです。でもちょっと自分の思い通りにいかないと、すぐに“ムカつく、ウザい”になっちゃうんです。例えば学校の先生なんかでも、授業の仕方が合わなかったりすると“あいつの教え方が悪い”なんて言ってしまう。じゃあお前は、わからないなら先生に質問したのかって聞いたら“してない”っていうんです。結局のところ、単にコミュニケーションを避けてしまってるんですよね。」
さらに、その最たるものが“親”だという。
「親の場合はもっとひどいですよ。今日のサッカーどうだったの?と聞かれても“勝った”だけとか“まあまあ”とか。もう、会話になっていませんから。逆に親ともきちんと挨拶をしたり会話ができたりする子は、どんな大人とも、チームメイトともコミュニケーションが取れるんです。すると不思議とサッカーに対しても自分で判断ができるようになっているものなんですよね。」
香川真司は小学校を卒業するとき、自分の意志で仙台行きを決めた。彼の両親は基本的な立場として“真司のやりたいことをやらせたい”という考えの持ち主であり、香川の情熱に押された結果、FCみやぎを選んだという。これはある意味の親に対する“プレゼン”であり、そこにはコミュニケーションが不可欠となる。明確な意志、自らの判断、そしてコミュニケーションがあったからこそ、その後の活躍へと繋がっていったのだろう。
練習前と練習後、すべての選手と握手をしながら挨拶を交わす
もちろん、勝利を目的にやっていくなかにも得られるものは多くある。トーナメントの場合は勝ち残らなければ試合すらできないし、強豪チームとの対戦は貴重な経験ともなるだろう。また、格上チームとの対戦や劣勢に陥ったときに繰り出す戦術なども、それ自体がスポーツの醍醐味といえるはずだ。しかし、いきすぎた指導によって失われた“個”は後になって取り戻すことが困難となる。ひとりの人として、ひとりの選手として認める指導が、今後のスポーツ界の将来をつくることにもなるだろう。FCみやぎのやり方がすべてとはいわないが、ひとつの指針として、今後に一石を投じるものにはなるはずだ。
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石垣 博(いしがきひろし)
1975年1月9日生まれ。宮城県のトレセン、全国区のクラブチームなど多方面で指導者として活躍したのち、2006年10月よりFCみやぎの監督に就任。6年間でクラブユースU−15・高円宮杯の全国大会に計5回チームを導いたほか、2011年から登録した女子U−15のチームも2年連続の全国大会へ出場。チームOB・OGにはカテゴリーごとの日本代表選手も多く選出されている。
日本サッカー協会 B級コーチ/宮城県サッカー協会4種技術委員長