まさに鮮烈という言葉がふさわしい。誰もが想像しえなかった、日体大の箱根駅伝総合優勝。前年、同校史上最低の19位からの躍進は、大会史上でも最大のV字回復となった。強風が吹き荒れ、有力校が次々と脱落していくなか「いつも通りの力」を発揮した10人。そのぶれない走りの裏には、徹底した分析とトレーニングがあった。
筋トレは10回で充分!?
今回の優勝の要因を聞いたとき、選手たちは口々に「BCTが良かったんだと思います」と返したという。聞きなれない言葉だが、BCTとは“ベース・コントロール・トレーニング”の略称であり、いわゆる体幹トレーニングを主としたエクササイズのことだ。BCTの考案者で、鍼灸院を営みながら選手のサポートをしている原健介さんは、その考え方について次のように話してくれた。
「よく、なにか特別なことをやっているのかと聞かれるのですが、種目については皆さんも知っている体幹トレーニングと同じですよ。ただ、少しやり方が違うかもしれません。BCTでは基本的に1種目10回、姿勢を維持するものでは20秒〜30秒しか行いません。そのかわりきっちり正確なフォームを義務づけています。腕立て100回とか、腹筋200回とか、そんなやり方とは対極にあるんじゃないでしょうか」。
トレーニングは “何をやるか ”ももちろん大切だが、“どうやるか”がさらに大切だと原さん。腹筋を200回やろうと思うと、1回目から200回やることを前提の手抜きが生じてしまう。しかし10回ならひとつひとつの動きを集中して行うことができる。こうした部分がBCTの基本的な考え方なのだという。
また、きちんとした形でトレーニングを行なわないことによって、原さんは思いもよらない影響があると指摘する。
「筋トレって、良くも悪くもすごく大きな効果があるんです。正しくやれば良い効果を得ることができますが、間違ったやり方で行うと、体はその動きがしやすい状態をつくろうとします。そんな動きを100回も200回も毎日続ければ、あっという間にケガのしやすい体、力の発揮しにくい体が出来上がりますよ」。
原さんが営む鍼灸院には、ケガを抱えたスポーツ選手がたくさん来院する。その多くが何度もケガを繰り返している、もしくは慢性的な痛みを抱えているのだという。
「ジュニア期は特に大切で、この時期に間違った動作を身に付けてしまうと、将来故障に悩まされたり、新たな技術を習得するのにとても苦労します。正しい体の使い方が確立しないままハードなトレーニングを行えば、壊れて当たり前でしょう。だからこそ、BCTのようにまず正しい動きを覚えさせてほしいんです」。
これまで日体大の駅伝部では、監督のつくったメニューがすべてこなせる選手の方が少なかったという。しかしBCTで強化を行うことによって、正しい動きを習得することができ、そのことが正しい走りにもつながった。正しい走りができれば疲労もたまらずに厳しい練習をこなすことができるので、当然ながら練習効果も高まっていく。結果、今シーズンに関しては脱落者がほとんど出なかったのだ。
「例年、メンバーを選ぶときの監督の悩みは“誰を起用すればいいんだろう”でしたが、今年に関しては“誰を落とせばいいだろう”でした。決して一流メンバーの集まりではありませんが、みんなが持っている力を発揮できた結果が優勝につながったのでしょう」。
大切なのは“どうやるか”ということ
では、正しい動きとはいったいどんなものなのか。どんなスポーツでも欠かせない“走る”という動きを例に話してもらった。
「正しい走り方というのは、一言でいうとお尻がうまく使えた状態だと考えています。もちろん他にも大切な箇所はたくさんありますが、最も重要なポイントがここです。お尻が使えているということは腰高になって、うまく足がスイングできているはずです。逆にお尻が使えないとベタベタとした走りになり、一生懸命地面を蹴るような形になります。ももの前側やふくらはぎが張ってくるのもお尻が使えない、悪い走りの特徴です」。
さらに、BCTと関連して続ける。
「BCTでは基本的に腹圧を高めてコアをキープし、きちんとお尻が使えるような状態を目指して行います。スタビライゼーションでもランジでも、体がぶれないように意識するポイントがあるわけです」。
スタビライゼーションの代表的な種目『プランク』の写真を挙げ、その意識すべき点を解説する。
この写真の場合、きちんと腹圧がキープされ、頭から足までが一直線に固定されている。骨盤の位置も安定した、理想的なスタビライゼーションができている。
お尻が上がりすぎ、下がりすぎている状態では本来の効果を得ることができない。このような形ではお腹周りがゆるみ、ももの前側ばかりを使った体の使い方がインプットされてしまう。
一見したところ問題なさそうだが、骨盤が前傾しすぎており、腰に大きなストレスを与えてしまう。また、本来効かせたい箇所から力が抜けているため、この状態であれば何分でも耐えられてしまう。(長い間行なうことが目的ではなく、正しく効かせることが重要)
上記のトレーニングと同様、どの種目でもポイントを外すと本来の目的から離れてしまい、最悪の場合、体にとってマイナスの効果をもたらしてしまう。どうしても筋トレというと個々の筋肉に効かせてやらなくてはいけないと思いがちだが、そもそもトレーニングとは理想的な動きを手に入れるために行うべきだと原さんは言う。
「きちんとした動きができれば、必ず大きな力が発揮される。逆に筋力に頼ろうとするとどこかに無理がきて、いい動きができなくなるものなんです。あと、これは陸上以外の競技にも言えることですが、いい体の使い方をする選手は練習が身に付きやすくなります。伸びる選手とそうでない選手の差はそこにあるといえるんです」。
2013年の日体大がそうであったように、身になる練習ができるチームは強くなる。そのベースになるのが“どうやるか”というトレーニングだ。単にきつければ効果があるというわけではない。“何をやるか”というメニュー偏重の考え方から、少し転換を図るにはいいヒントになるかもしれない。
●BCT「ベース・コントロール・トレーニング」が映像化されました!
原 健介(はらけんすけ)氏
1970年新潟県生まれ。日本体育大学卒業。99年より陸上部選手の治療にあたる、日本体育大学駅伝部コンディショニングトレーナー。2012年1月より駅伝チームにBCT(ベースコントロールトレーニング)を指導している。