畑喜美夫氏が提唱し、大きな反響を呼んだ『ボトムアップ理論』は、今やサッカーの 枠を超え、他競技や学級経営、ビジネスの現場にまで広がりを見せている。精力的 に理論の普及に尽力する畑喜美夫氏のインタビューから『ボトムアップ理論』の現在と これからを見つめる。
ボトムアップ理論を実践して
選手や学校に生まれた劇的な変化
――ボトムアップ理論の下地はどのようにして出来たのでしょうか?
僕が広島観音高校に行って、7年目くらいから県の代表になりまして、メディアで取り上げられた時に、『ボトムアップ』という表現がそういったところから出来てきたんですよ。それまでは『選手主導』『プレイヤーズファースト』という言葉で、選手が第一なんだよという考えのもとで話す先生が、小中学校の指導とか学級指導も含めて多かったですね。小中というのは感受性が高いので、そういったところで感じたものを実際問題、高校の教員として生かしていきました。でも実際にやり始めたのは1997年から観音に行ってからですね。それまでは8年間、廿日市西高校にいて、その時にサッカー部ではなく大河フットボールクラブを見させてもらいました。そこで浜本(敏勝)先生の後ろ姿を見させてもらって勉強させていただきました。まだ木村(啓一)先生が入ってないころですね。そこで8年のうち6年間、監督をさせていただいて、中部代表で全国に行って。そういう経験を指導者になった時に振り返ったりして、観音に行って始めたのがボトムアップ理論です。要は練習を週3回にしたり、色々な物事を選手で構築していって、少しずつ少しずつ取り入れた形が1年目でした。練習がぐっと減ったのに成果が出てくることで、選手たちは感じている部分がありましたね。練習メニューがボンっと減って、これまで以上に考える時間を作ったことで、2年目には県で3位、中国大会に出てすぐ初出場3位になったり、一つ成果が出てくると選手たちが乗っかってくるみたいなところがありました。
――先生が来る前の広島観音高校は、一般の選手が多かったんですか?
成績は県大会に出られるか出られないかで、サッカー部も少し荒れていました。学校自体も学業を含めて低迷している時期で、進学校なんですがこれといったものがなかったですね。最終的にはサッカー部が少しずつ力を付けて全国に出だして日本チャンピオンになると、バレーボール部やバスケ部、野球部も良くなってきたんです。続いてチャンピオンになったり。普通は珍しいと思うのですが、一緒にトレーニングをしたり、監督が選手たちに決めさせたり、ボトムアップ理論を取り入れてくれたことで学校自体も良くなって、進学率も抜群に上がりました。スポーツと勉学という文武両道の言葉の中で、学校自体が動き出した形ですよね。――本当に一番理想的な形ですよね。
そうなんですよ。学校としての見所として、勉強型にするのかクラブ型にするのかあると思いますが、スポーツから強化していったのは良かったと思いますね。今いる安芸南高は2年目に入りましたが、そういった所を意識してやっていこうかなと思っています。――部活同士の横のつながりも、やはり大事な部分ですか?
大事ですよね。やっぱり子供たちが主役ですし、今まで上からの目線で指導されていた先生方が、サッカー部を見ながら子供たちを主体的に動かすようなやり方だったりとか、大きな声を上げながら指導していたのが、まず子供たちを自発的に動かすようなやり方に変化していきましたよね。それもある程度やっていることと結果がリンクしていかないといけないですよね。ただやるだけではなくて。『ボトムアップ理論』の成果が徐々に出始めたのかなと思いますね。目先の勝利より未来の勝利というか、即効性はないように思えるけど、時間が経ってから見てみると逆に遠回りのようで近道だったのが『ボトムアップ理論』だったのかなという気がしますね。今も60位、70位からスタートして、2年間で県のベスト16まで上がってきましたから、成果も出てきていると思いますね。ピッチでいいプレーをするための
部室や整理整頓へのこだわり
――部室の感じや荷物の整理整頓の様子、合宿中の生活態度なども、すごく気持ちがいいものですよね。
これはまだやられてない学校がいたら、もっと良くなると思うんですよね。我々のような公立高校がスポーツ推薦のある強豪校に少しでも近づくためには、色んな角度から取り入れていかないと駄目なので。いい選手をとることができるのならそれほど簡単なことはなくて、選手のとり方だけ考えればいいんですよね。でも、そうではない小学校、中学校、県立高校は選手育成の面から考えなければいけないし、子供たちが元々持っている能力を最大限に引き出すことが大事なんです。だから物を整理することは、ピッチの中に立った時に平常心でプレーしたり、的確な状況判断のもとでプレーするためには必要なことなんですよね。特に整理整頓は準備だと思っているんです。これから活躍するためにいい準備をしていく。心を整理して整えながらピッチに立つという意味ではスタートの部室というのはすごく大事ですよね。「24時間をサッカー選手としてデザインする」という言葉をノートにも書いているのですが、家を出る時から自分の布団を上げて、ちゃんと靴を整えてから学校に行く、まずはそこからサッカーは始まっているんだよ、ということを教えていますね。人間教育という考え方を指導者が持てるのであれば、勝つ勝率が上がってくるんじゃないかなと思います。荷物の整理もこれをやれば勝てるというものではなくて、勝つ勝率が1%でもあれば、それを取り組んでいこうじゃないかという意味で行っていることなんですよね。
――具体的にはいつ頃から始められていたんですか?
今みたいにしっかりした形ではないですが、物を整理したり、部室をキレイに使うことはもう観音に入ってからやっていましたね。浜本先生自身が食事の片付けなど自分のことはすべて率先してやる方だったので、指導者が背中を見せていく姿勢だったり、「神は細部に宿る」「神様はキレイ好きなんだよ」といった言葉も挟んで伝えていく、そういったこだわりを間近で見られたのも大きいです。
そういった習慣が付くと、日頃からラインを整えることにもつながるので、選手間のパスミスやポジションミスも減ってくるんですよ。サッカーでは技術・戦術・体力を鍛えるピッチベースの練習が一般的ですが、ピッチ外のコンディショニングや運、フェアプレー、モチベーションといった部分が案外置き去りになっているんですよね。そういった「形の見えないものを見る力」が僕はインテリジェンスだと思っているんです。形で見えるものを、もっと10倍にも20倍にも力を発揮させるためには、ここのベースがすごく大事になってくるんですよね。
例えばソチオリンピックでも、結局今まで頑張ってやってきても、結果を出したら終わりですよね。そのことを指導者がわかってトレーニングをやっているかどうか、それによって全体像がすごく良くなってくる。すべてを見ながらというのは大事なところかなと思うんですよね。だから広島観音高校時代にジャパンライムで作った一作目のDVD(638-S)は、色んなことをやるんだけども、ミーティングだったり、脈拍トレーニングだったり、目に見えないようなものを見るようなやり方を取り入れさせてもらいました。ボトムアップ理論については、これが一番わかりやすく作られた作品だと思います。
ボトムアップ理論を応用した学校が
続々と全国の舞台で活躍
――講習会や講演会でDVDをご覧になった方の感想はお聞きになりますか?
僕が行ったところはほとんどDVDを見てくれていますね。具体的にどういう風に活用されているかはわかりませんが、2013年12月に行われた全国高校サッカー選手権大会でベスト16まで進出した松商学園高校、初出場した滋賀の綾羽高校のように成果を出している学校もありますね。女子バレーボールでは、香川西高校も2013年から取り入れて、2014年2月に行われた香川県の新人戦で優勝しました。あとは学級経営にボトムアップ理論を取り入れている京都の小学校の先生もいらっしゃって。DVDを見ながら自分で学級経営をしていて、同じように「ボトムアップ経営」について講演を開かれたりされています。 またTHE VOICE(TV09-S)の座談会に出てくださった菅谷さんも継続的に取り組んでいらっしゃいますし、指導・解説を担当してくださった佐藤(実)先生の堀越学園高校も東京都でベスト8、高校のチームとプロのユースチームが同じピッチ上で戦う高円宮杯U−18の東京都1部リーグに昇格するなど活躍されていますし、久保田(大介)先生も小学校、中学校のボトムアップ大会を作っていらっしゃいます。これはノーコーチングで、子供たちだけでメンバーを決めたり、試合を行う大会なのですが、U−10ですから小学生は4年生以下ですね。今あげた学校が主軸になりますが、後に続く学校もこれから出てくると思うんです。交流も深いので、DVDを見たり、実際に来ていただいてボトムアップ理論を実践していただいている感じですね。――全国大会でも実績を上げている学校も二校出てきているんですね。
結局真似から入るんだけども、最終的には自分の選手に合うように応用していただいて、自己流にしてもらうことがすごく大事で、少し変わった点で言えば松商も綾羽も「選手監督」というのを作ったんですよね。僕らはキャプテンをピッチの中で監督と同じように動かしていたんだけども、松商や綾羽がやったのは監督が座っているポジションに選手を座らせて、選手に主導権を任せた形ですね。これはボトムアップの中でもどんどん進化している点ですね。こういうふうに、僕のところから発信していったボトムアップが、今のような形で色々と応用してもらって、色んな場所で自己流に進化して、また発信されていくというのがボトムアップのいいところなんじゃない方と思うんですよね。トップダウン型の指導では、その人のやり方しかないので、そういうことがないですから。そもそも初めはボトムアップを実践したチームが同じように勝てるようになるなんて、思ってもみなかったんです。取り入れたものを応用して自己流にするまでが早いチームが早段階で結果を出せてきていますよね。――松商学園高校や綾羽高校とは、どれくらい前からお付き合いされているんですか?
松商は1年ですね。2013年の1月からボトムアップ理論を取り入れました。綾羽は2012年の夏からなので、2年ですか。最初は監督だけで来られていたんですが、選手を連れて来られるようになって、ボトムアップミーティングを二泊でみっちり行ったりしたので早かったですね。綾羽が高校サッカーの滋賀県予選決勝で野洲高校に勝って初優勝した時に、相手の監督さんにお聞きしたら『畑君がボトムアップを教えたおかげでやられちゃったよ』って話されていて(笑)。今までは先に点を入れると、綾羽側は慌てて落ち着きがなくなっていたらしいんですね。でも今回の決勝戦は野洲が先に点を入れても全く動じない。選手自身が言い合いながら自分たちで試合を進めていく姿を見て、おっと思ったらしいんです。そうこうしている内に同点にされて、逆に野洲の方が落ち着きがなくなってしまった。1―3で敗れてしまったのは、平常心で最初から最後までプレーしていたかどうかだとおっしゃっていましたね。ボトムアップ理論はみんなを信じながらやるので、平常心でプレーできるんです。監督と選手間の信頼や絆、コミュニケーションがボトムアップは大事なので、信頼できる。勝っても負けても信頼を損なわないように進めていけるのは、ボトムアップの良い部分なのかなと思います。対戦型のチームができましたね。綾羽は2回戦進出、松商は3回戦でベスト16まで行きましたから」
選手たちの可能性を引き出す
『教えない指導』の重要性
――自分の指導法や指導理念をしっかり持っている先生が多いと思いますが、ボトムアップの利点を頭では理解出来ていても、今までやってきた指導法を変えるのはなかなか勇気がいることだと思います。
技術・戦術・体力をボトムに引っかけていきながら、僕らがこうだなと思って伝えていることを、自分たちで話し合いながら選手たちの中から出てくると一番いいですよね。僕らもライセンスを持っているので、例え日本代表で教えるくらいのライセンスがあったとしても、結局それは選手たちが話したら出ることなのか出ないことなのか。我々指導者はついつい「こうやったら上手くいくよ」と伝えてしまいがちなんですが、子供たちに考えさせるということが大事なんです。例えば、パッシングワークが上手くいかなかったら、じゃあどうすればいいか考えてみようよ、という風に落とし込んでいく。子供が考えて出てくるの?と先入観で考えがちですが、ボトムというのは、下から小グループを作りながら、いろんな意見を取り上げていきながら、方向性を煮詰めていくというやり方なので、そうなってくると小学校、中学校、高校とアイディアとしてはいいものが出るんですよね。そこに先生方が味付けをしてあげた方がいい練習もありますね。子供たちが決めた中で味付けをしていく。だからそういった意味では、ボトムアップ理論の中でも「子供たちに考えさせる」ということが一番のキーポイントなのかなと思いますね。どんどん出来るようになりますから。――今はいいゲームを観る機会も多く、子供たちなりにこういうサッカーがやりたいとか、そうするためにはどうすればいいのかなど、考える素地が以前よりも出来てきているように感じますね。
例えば技術ベースでも戦術ベースでも、僕らが言ったら子供たちというのは考えずに言われたことをやろうとするんですよね。逆に僕は『教えない指導』と言うんですが、教えなければ何をするかというと、自分で本やDVDを買ったり、テレビを観たりして、いいものを学ぼうとするんですよね。そういうところを逆に教えないぶん、自分たちで何とかしなきゃいけないと色んなものを見るようになりました。「それどこから取り入れたの?」と聞くと、「バルサ(FC バルセロナ)の練習を見るといっぱい出てきますよ」と言うくらい(笑)、選手自ら研究するようになりましたね。僕らが教えていることは日本サッカー協会からの落としの中でやっているので、それが正しいのか正しくないのかわからないとしても、子供たちからも同じように色々なものが出てきているので、そういうものの中からトレーニングに加えたり、そこから僕らがどういうテーマなの?もっとどうしたらいいと思う?と詰めていくやり方の方が子供たちもやりやすいのかなと思いますね。もちろん一年間の中でベースを考えて、ある期間は先生が考えた練習でもいいと思うんです。長いスタンスの中で、子供たち自身で考える場面と、指導者の考える技術論・戦術論を伝えて、また子供たちに考えさせる場面を上手く組み合わせる方が理にかなっているかなと思います。僕もトップダウン的に入れている期間はあります。でも決して同じことはやらない。あまり子供たちには有効じゃないですし、子供たちが監督とは違う意見だった時に「はい」や「いいえ」が言えない環境になってくると、体罰や暴力にもつながっていく危険性がありますから。監督と選手が意見を交換し合える点もボトムアップのいいところじゃないかなと思います。決して今まで経験したこととか、ライセンスなどで取り入れたことを伝えないわけではなくて、それを上手く使いながら子供たちに考えさせるほうが全体的なレベルが上がってくるのかなと思いますね。この学校でも同じことをやっています。
――先生も一からの指導だったと思いますが、初めはある程度「こういうことをするんだよ」と選手たちに話してからやらせた形なのでしょうか?
僕はまずはやらせてみましたね。一番最初から取り入れる方は、軸を作ってあげた方がいいですね。僕の場合は、観音でこうなったらこう動くだろうなという自分なりのイメージが出来たので、まず自由に「攻撃はどうするの?」「守備はどうするの?」と自分たちで考えさせることが大事ですね。そうすると攻撃はパッシングしたいんだなとか、守備は前から取りたいんだなとか、生徒の考えが見えてくるので、それを整理させて、まずは自分たちが出来そうなことを軸にしてやっていくのがいいと思います。そして、練習試合を色々やっていく中で、勝てなかったら動きが足りないとか、プレッシャーが足りないとか、何回か経験していくことで何が足りないのかがまた見えてくる。じゃあ、どういうチームを参考にしたらいいのかを考えるわけですね。子供たちがやっているところからアドバイスで物事を作っていきだしたのが、今いる安芸南高校からなんです。部室をキレイにするのも、まずはやらせることから。僕はかならず部室を回ってからグラウンドに行くんですね。そうすると整理されてきますし、勝った時に「やっぱり部室がキレイだとサッカーはいいね」と言うと、もっともっと良くなるんですよね。ここの学校でも広島観音高校に練習に行ったりするのですが、見て感じさせることが大事で、それは取り入れてやっていますね。皆さんにもDVDを見て、まず物事をまねることから始めてほしいと思います。それを続けることで、なぜ荷物をキレイにすることがサッカーに生きてくるのか、子供たちがわかりだしてくると結果もついてくるし、人間力もついてくるんですよね。そういう風になってくればいいのかなと思いますね。
だから結果が出るから皆さん始めていきましょうというより、DVDを見てそこを軸として動いていったり、変えていった方が、僕は今の流れとしてはいいのかなと思います。僕は一番最初からやりましたけど、誰かが最初にやって、電化製品と一緒で、例えばSONYが出せばそこを目指してもっといい製品が出てくる。そういう意味では切り込み隊長のような感じですね。ボトムアップ理論がうまく皆さんの最初のパートの形になるようなものになっていけばいいなと思っているんです」
ビジネスの現場でも生かせる
『ファシリテート』の精神
――ボトムアップ理論は、会社の中でも充分生かしていける部分ですよね。
そうですね。特に『ファシリテートする』、何かを引っ張っていくというよりも、共に物事を進めていくという考え方はビジネス面でも生かせる部分だと思いますね。つまり、みんなの意見を聴きながら相互理解していくやり方ですよね。最終的にはリーダーが決断していかなきゃいけないわけですが、やっぱり全員の想いを共有させるためには、色んな意見を聞くというのはすごく大事なことで、そのためにリーダーのファシリテーターも変えていくんですね。僕は50人いれば50人全員にやらせます。だから発信するだけではなく、引き出す役目をやっていくことで、全体的に色々な能力を身に付けていくことが出来る。そういう意味では、企業にお勤めの方々にもすごく大事なことですよね。言われたことをやるのはもちろんだけど、もっといい方法はないかを見つけたり、何かを開発することが出来るような人材が増えてくればいいなという気がします。企業のトップの方はまず机の上をキレイにすることだと言いますよね。会社がつぶれる一番の原因は部署の汚さと聞いているのですが、自分たちが働く場所をキレイにすることで仕事の効率が上がっていく。汚くても出来ないことはないんだけど、能率を上げたり、高度化するためにはすごく大事なことなのかなという気がしますね。だから心を整えることが大事なんですよね。挨拶だったり、返事だったり、身の回りを整理していくことで、心を整えてピッチに立つことが大事だし、リンクしているのかなと思いますね。大事な仕事がある時は前日からいい準備をしていく、心構えをして心を整理していきましょうという話につなげていくとか、企業の方にはうまくサッカーの話を会社の中に取り入れるような形に持っていきながら話しますね。
――企業の方の前で話される機会も多いのですか?
ビジネス本(『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年9・10月号)で9ページの特集を組んでいただいてからですね。それを見た宮城の社長さんが「打てば響く」というテーマで講演をしてくれないかと言っていただいたのが最初で、ボトムアップという一つの言葉として、企業ともつなげていきながら話しています。どちらかというと、トップダウン・ボトムアップは企業の方の方がわかりすい言葉なんですよね。あまりスポーツ界の中では言わないじゃないですか。そういう意味で、昨年から新たにどんどん講演をしています。そういった方面にも発信して、ビジネスでも活用していっていただきたいですね。 それに自己啓発セミナーでも、自分から学ぼうとか、自分から情報を入れていこうとすることが大事になってくると思います。人から言われて行動するよりは、自分からというのがボトムの理念ですね。道徳心というか、これがいい、悪いと考えながら物事を進めていく。人間力という基本的な部分をしっかり鍛えてから物事を進めていくんだという考え方ですね。そういった人間力の考え方、道徳心のとらえ方の中でボトムアップというのが出来てきているのかなと思います。ちょうど企業も含めて、道徳心が欠けているような事件がたくさん起きているじゃないですか。ですから、せめて携わった子供たちには大人になった時に善悪を判断しながら、企業の中で活躍できるような人間になってほしいんです。それをみんなで判断してやっていくことが大事ですね。――今足りないと言われているコミュニケーション能力であったり、サッカーだけでなく、子供たちにとってもボトムアップ理論は教育的な視点が非常に大きいですよね。
僕は年齢が低ければ低いほどいいと思っているんです。小学生だからできないと先入観で見てしまうと何もできないので、大人の先入観を少し横に置きながら子供を信じていくことですね。サポートをするという想いですよね。引き出すとなると、また上から目線になってしまうので、僕らは子供たちの力を引き出すサポートをするんだというイメージです。今後は指導者もファシリテーター役に徹していかなきゃいけないと、いろんな競技を見たり、いろんな事件があった時にこれは直さなきゃいけないなと感じています。『引き立てる指導』というのが中心になってくるんじゃないかと思うんですよね。その中で自分たちの経験とか指導論を味付けして伝えていくこと、そしてその繰り返しが大事ですよね。 結局は技術・戦術・モチベーション・フェアプレーなどすべてでサッカーだったり、他のスポーツだったりする。うまくいかないならうまくいかないなりの理由が必ずあるし、そういうところを分けて考えないようにしないといけないですね。少年サッカーは分けて考えるんですよね。技術と戦術すらも分けますから。小学校は技術で、戦術は中学校からでいい、ではダメなんです。技術も戦術も一緒で、サッカーを教えていかないといけない。これはバルサの考え方なんですよね。サッカーというのは技術も戦術もポジショニングもフェアプレーも入っていますから、それを教えていく。これを決して分けないように入っていけると、組織論と技術論をうまくミックスしていくことができるし、面白いんじゃないかなと思いますね。うちでも練習試合をするというよりは、皆さん勉強にこられている感じですね。練習試合なら勝った負けたで分かれますが、僕の場合は来ていただいたら、まず部室を見てから、着替える場所の参考にしたり、ピッチ外の心の部分も含めて、ミーティングの仕方も含めてやっています。サッカーの枠を越え他競技にも
今の指導者に必要なこととは
――最近は他競技の指導者の方の前で講演する機会も増えてきましたか?
この間は高野連(日本高等学校野球連盟)に頼まれて、トップダウンの指導の中にいかにボトムアップを導入するかという内容で、中国地方全域の監督さんの前で講演を行いました。80校くらいの学校が来ていましたね。たくさん集まると、いいアイディアがたくさん出てくるんですね。五回の裏でグラウンド整備をする時に選手が一回集まって、相手のいいところ悪いところを言い合ったら面白いなとか。サインを監督が出していてもみんなで共有できるような組織になればいいですよね。打ちたいんだけどバントか…ではなく、チーム全体としてベクトルが合っていれば監督が送りバント、次はヒット&ランというところを共有して、子供たちもわかるようにボトム的な考え方でやっていく。練習メニューを少し変えることでできるようになるんですよね。本当にいろんな意見が出ましたね。岩国商業高校(山口)のような全国に出ているチームがわざわざサッカー部の講演を見に来ると、やっぱり他の学校もおっとなるわけですよね。一学生や選手がメンバーを決めていく方法などを取り入れてくれています。ですから野球だからできないではなくて、先入観を外しながら考えていけば、いろいろできることがあるんですよね。個人競技だろうが、集団競技だろうができてくるんじゃないかなと思いますね。みんなではもちろんなんだけど、一人一人が物事を自分の感性で考えていくことはとても大事で、要は考えたり、工夫したり、発信したり、動き出しを指導者が奪わないような指導というのがすごく大事なのかなという気がしますね。
――他競技の指導者間で交流する機会はなかなかないのが現状かと思いますが、新しい物の見方というか、いろんなヒントがもらえるきっかけになりますよね。
先日、テレビで見たのですが、体操の白井(健三)君は「どんなことを教えてもらっていますか?」という質問に「教えてもらっていません」と答えていたんですよ。世界チャンピオンになった技は全部自分で編み出したものなんですよね。ここまで、という公式な部分までは指導者に教えてもらって、あとは全部自分でトレーニングして、技を見つけ出さないと世界では勝てない。だから教えてもらってないんです、と言っていました。個人競技は手とり足とりやっているように感じるけど、最後は自分の感覚なんだなと。お父さんもコメントされていて『親が携わらない指導』と言われていましたが、ああいう競技は自然に物事を突破する力が育っていくので、そこに大人が入ってはいけないという考え方なんですよね。それもボトムアップ的でステキだなと。二人三脚でやっていても、ここからは自分でという場面をいかに作るか、というのが大人も子供も大事な部分かなと思いますね。1から10までやろうとすると、想像力も判断力も身につかなくなってしまいますから、ボトムアップ的な考え方はすごく大事なのかなと思いますね。生徒主体でやられている先生もいると思うんです。でも物事を整理したり、ミッションを作ったり、個人や集団で柱を作ったり、整理しながらチームを進めていってほしいですね。だからDVDが皆さんの指導の軸になれば嬉しいかなと思います。その選手がいないとできないような指導だと、なかなか厳しいものがありますし、サッカー全体を見ればそんな選手はほんの一握りで、99.9%が普通の選手ですから、そこをもっとステキにしましょうよという考え方なんですよね。僕は99.9%をしっかり指導すれば、そこから0.1%が出てくるという考え方なんですよね。ですから0.1%を育てていくというよりは、99.9%をステキに育ててもらった方が自然とプロの選手も生まれてくると思います。広島観音高校だけで6人のJリーガーが出ていますが、決してプロの選手を作ろうと思ってやっているわけじゃない。だからやっぱり子供たちが主体的に、自主的にやっていく能力というのがそういうところとつながって、プロとしてやっていけているのかなとは思っています。
――これから取り入れてみたい方もいらっしゃると思いますので、最後に指導者の方へのメッセージをお願いします。
ボトムアップという指導の中で、子供たちを『ステキに育てていくんだ』という信念を持つことですね。トップダウンが悪いわけではないのですが、ボトムアップという子供たちを主体に物事を考えていくやり方の中で、5年後、10年後、大人になった時に力を発揮して、社会で伸びていける、活躍できる人間に育てること。そして目の前の勝利に向かって、子供たちの力を最大限に引き出して戦うことによって結果も出てくるんだ、という強い信念ですね。各カテゴリーの方々が、勉強してきたことをすべて取り入れるというよりは、取り入れるところから徐々にやっていっていただければ、スムーズに組織の中に入っていって、個がうまく組織を作っていけるんじゃないかなという気はしますね。信念を持ちながら、人間力というベースだけはずらさないように、ボトムアップという方式を徐々に導入していっていただいて、またみんなで共有していきながらステキなサッカー界を作っていきましょう。幼稚園から大人まで持ち込める組織論なので、自分たちで抱え込んでカリスマ的にやっていくよりは、みなさんでいいところ悪いところをまたボトム化していきながら、横の連携を持って、点と点を線にしていきながらやっていくことが大切だと思います。
●『広島観音高校・畑喜美夫のイマジネーション&シンキングフットボールの全て』サンプルムービー
畑 喜美夫(はたきみお)氏
1965年、広島県出身。広島県立広島観音高校にて、2006年全国総体優勝。U-16日本代表コーチ(‘09)。自身もU-17・U-20日本代表としてアジア大会に出場し、ソウルオリンピックの日本代表候補にも選出。生徒の自主性を重んじたボトムアップ理論の提唱者として、様々なメディアに活躍の場を広げている。