【はじめに】
長期的な痛み経験は, 神経系の可塑的変化を引き起こしで痛みを複雑にしているといわれて
いる。そのため、慢性疼痛患者の評価(疼痛の原因究明)や治療に難渋することが多い。
疼痛
という主観的 症候の原因究明には客観的症候の明確化が必要になるが、慢性疼痛患者では、
疼痛により身体機能の測定・検査の実施自体が難しく、また再現性も得られにくいといった事
を多く経験する。
今回担当させて頂いた症例も、慢性的な肩の痛みに苦まれており、評価や治療に非常に難渋
したが、「経験」や運動時の「意識」等に着目し介入した結果, 最終的には疼痛のない上肢運動
の獲得に至った。
そこで今回は,「 痛み」「経験」「システム」の関係性などを症例を通して考察したので報告する。
【症例紹介】
▷ 80 代女性(主婦)。自宅玄関で転倒→脳梗塞(右後頭葉、第3脳室後方)の診断で当院入院。
転倒状況は覚えておらず、詳細は不明(意識消失後の転倒?)。転倒による骨折や打撲痕はなし。
▷入院前の生活・痛みの状況:10 年程前より徐々に両肩・両膝・腰部の疼痛がみられた。特に
右肩の痛みが強く夜間も痛みで目が覚めることが多かった。整容や家事は環境調整し、痛み
を我慢しながら行っていた。自宅での転倒歴も多かった。今回の転倒により疼痛増悪(範囲・
程度)している。
【理学的評価(発症から約2W 経過時点)】
▷右肩疼痛:炎症- ,VAS68 〜74mm(運動=夜間>安静), ズーン・疼く・動くとズキッとす
る, 痛みで何
もできない, 夜も痛みで目が覚める等の発言あり、疼痛部位/ 程度/ 種類/ 可動域などの再現性
は低い
▷筋力(右肩): 屈曲・外転・伸展:F、内・外旋:P +、内転:F+(すべて疼痛を伴う)
▷ ROM(座位): 屈曲・肩甲平面挙上15 〜35°, 外転10 〜30°, 伸展20°, 内旋(1st)70°, 外旋(1st)
0 〜10
▷ DTR, 感覚, 握力(Rt8.9㎏、Lt8.6kg)、下肢・手指協調性は左右差なし(上肢は疼痛により
実施不能)
▷起居・移乗・平行棒内歩行:軽介助(痛みにより全身的な過緊張状態あり, 努力的で異常な
動作戦略)
【治療及び経過とまとめ】
長期的な痛み経験は, 筋骨格系や自律神経系への影響だけでなく, 感覚刺激-情動反応- 痛み
認知の経路が記憶化・長期増強されることで前頭前野など中枢神経系での疼痛制御機能の低下
を引き起こし, 痛覚過敏や自発痛等の要因の一つになるといわれている。
その為, ある運動(感
覚刺激)と痛みが条件付けされると上記のメカニズムが関与し, 更なる痛みを引き起こすといっ
たシステムが形成されると考えられる。このシステムの変更には, まずは痛みのない運動経験
を蓄積し, 前頭前野での疼痛制御機能や関連する筋骨格系, 自律神経系等を正常化していく事が
重要ではないかと考えた。痛みのない運動 経験は、各々により異なるが、本症例は, 運動時
の意識(注意)の違いにより痛みの変化がみられた為, それを手がかりに介入を行うことで, 徐々
に疼痛減少や測定・検査の再現性が得られた。
測定・検査で得られた結果を元に, 1次的問題
に対し治療介入すると最終的に疼痛のない運動が可能となり, 整容や家事動作の獲得に至った。
今回は,「事実」に対し自分なりの解釈をまとめたが, 科学的根拠は高いとはいえず, 評価・治療・
考察共に、まだまだ不十分な点があるとは思うので、今後の自分の成長、そしてこれから出会
う患者様に還元できる為にも皆様からの御意見や御指導を頂けたら幸いです。
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